『神渕小学校閉校式〜どこから飛び立ったのか〜』

春のやわらかな風が、校庭を静かに吹き抜けていました。

神渕小学校の閉校式の日です。

長い年月、地域の子どもたちを見守ってきた学び舎が、この日、その役目を終えました。

式の中で、子どもたちが歌を歌ってくれました。

その歌の一節に、こんな言葉がありました。

「距離を競うより、どう飛んだのか。」

紙飛行機にたとえて人生を歌った歌ですが、この言葉を聞いたとき、胸にすっと入ってくるものがありました。

私たちはつい、人と比べてしまいます。

どこまで行ったか、どれほど成功したか。
遠くまで飛んだかどうかを気にしてしまう。

けれど、本当に大切なことは、

どんな心で生きてきたのか。
どんな道を歩んできたのか。

その「飛び方」にあるのかもしれません。

禅の教えでも、結果よりも「歩み方」を大切にします。

もう一つ、心に残った言葉がありました。

式の終わりに、子どもたちが声を掛け合う「呼びかけ」で言いました。

「私たちは神渕が好きです。」

とてもシンプルな言葉ですが、聞いたとき胸が熱くなりました。

校舎はやがて静かになります。

けれど「好きだ」と言える場所があるということは、その場所が心の中に生き続けるということです。

人は、どこから飛び立ったのか。

その原点があるからこそ、遠くへ飛んでいくことができるのでしょう。

禅の言葉に、初心忘るべからずという言葉があります。

最初の志を忘れてはいけない、という意味ですが、同時に、時折原点に立ち返りなさいという教えでもあります。

閉校式が終わり、校庭を出ると、

春のやわらかな風が吹いていました。

ふと、紙飛行機が空を渡っていくような気がしました。

遠くまで飛んだかどうかは、わかりません。

けれど、あの日の子どもたちは、きっと自分の空へ向かって飛び立っていくのでしょう。

そして、その紙飛行機の出発点には、

これからも静かに、神渕小学校があり続けるのだと思います。

 

 

龍門寺の沿革、拝観案内をご覧になるにはこちらからどうぞ。

法要ご参拝の案内をご覧になるにはこちらからどうぞ。